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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)2180号 判決 1963年2月06日

控訴人 村川利喜雄

被控訴人 みち子こと山本ミチ子 外二名 参加人 富士工事株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の当審における追加請求を棄却する。

当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

一、控訴代理人は、「原判決を取消す、被控訴人白須とめ(以下とめと略記)、同白須武夫は控訴人に対し原判決添附目録記載の土地(以下本件土地と略称)につき昭和二七年八月三〇日東京法務局新宿出張所受付第九八一二号をもつてなされた同日付売買による東京都渋谷区幡ケ谷本町三丁目三九〇番地亡白須貞美のための所有権取得登記の抹消登記手続をなすべし。被控訴人山本ミチ子は控訴人に対し右土地につき昭和二八年二月二六日同法務局出張所受付第二六四四号をもつてなされた昭和二七年九月一日付売買による所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記手続及び昭和三五年七月八日同法務局出張所受付第一五六〇二号をもつてなされた右仮登記に基ずく所有権移転本登記の抹消登記手続をなすべし。訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴人等代理人は、主文第一、二項と同旨の判決を求めた。

控訴人、被控訴人等及び参加人の事実上の陳述及び証拠の関係は次のとおりである。

二、控訴人主張の請求原因

(一)  本件土地はもと控訴人の所有に属していたが、昭和二七年八月二八日控訴人は被控訴人白須とめ、同白須武夫の被相続人亡白須貞美との間に、同人において右地上に建築所有していたアパート用建物(以下アパートと略称)を担保として他から金融を受ける便宜のため本件土地の所有名義を一時的に貞美に移すことを約し、その結果同月三〇日本件土地につき控訴人から貞美に対する所有権移転登記が経由された。ところが同月三一日(控訴人の昭和三六年九月二〇日付準備書面に三〇日とあるのは誤記と認める。)控訴人は貞美より右アパートと共に本件土地を一括他に売却したい故控訴人より本件土地の譲渡を受けたい旨の申込をうけたので、これを承諾し、同日控訴人と貞美との間に次のような本件土地の譲渡契約が結ばれた。すなわち当時控訴人は貞美に対し本件土地の隣地にある控訴人所有(但し控訴人の妻の所有名義)の旅館(すがや)建物の建築工事を依頼したことによる工事残代金債務五一万余円を負担していたので、これと本件土地譲渡代金の一部とを相殺し、その外に貞美から控訴人に対し右譲渡代金の残部として貞美において右土地、アパートを他に売却したときに金五〇万円を支持うという内容であつた。しかして貞美は同年九月一日本件土地、アパートを被控訴人山本ミチ子に売渡し、控訴人に対し右金五〇万円を同年一一月三〇日までに支払う旨約した。

然るに貞美はその後右金五〇万円のうち金五万円を支払つただけでその余を支払わないので、控訴人は昭和二八年六月一三日付書面をもつて、同書面到達後七日以内に残金四五万円を支払うべきこと、若しこれを支払わないときは本件土地譲渡契約を解除にする旨の催告及び停止条件付契約解除の意思表示をなし、右書面は同月一四日貞美に到達したが、同人は右催告期間を徒過したから、本件土地譲渡契約は同月二一日解除となり、本件土地所有権は控訴人に復帰した。

然るところ貞美は昭和三〇年一二月二七日死亡し、同人の権利義務一切は相続人なる被控訴人白須とめ同武夫の両名により承継されたから、控訴人は右被控訴人両名に対し右契約解除による所有権の復帰により実質関係に符合しなくなつた本件土地に対する貞美のための前記昭和二七年八月三〇日付所有権取得登記の抹消登記手続を求める。

(二)  被控訴人山本ミチ子は前記のとおり昭和二七年九月一日貞美から本件土地を買受け後、東京地方裁判所に対し貞美を相手方として右売買に基く所有権移転請求権保全の仮登記仮処分命令を申請し、その旨の仮処分命令を得て昭和二八年二月二七日本件土地につき右仮登記をなし、次いで貞美が死亡した後の昭和三五年七月八日被控訴人とめ、同武夫の両名から本件土地につき右仮登記に基ずく所有権移転の本登記をうけた。然しながら前記(一)で述べたとおり本件土地所有権は前記控訴人の貞美に対する契約解除により昭和二八年七月二一日同人から控訴人に復帰移転したもので、右復帰当時被控訴人山本はその所有権取得につき前記仮登記を経由していただけで未だ本登記を経由していなかつたのであるから、被控訴人山本は右所有権取得をもつて控訴人に対抗することはできない。しかして右所有権の復帰移転があつた後同被控訴人が本件土地につき所有権取得の本登記を経由したが、そのことにより遡つて同被控訴人が右所有権取得をもつて控訴人に対抗しうることになるわけでないことは勿論である。

よつて控訴人は被控訴人山本ミチ子に対し叙上の実質関係に符合しない右仮登記の抹消を求め、更に当審において請求を追加して前記本登記の抹消登記手続を求める。

三、被控訴人等の答弁

(一)  控訴人主張の請求原因(一)の事実中、本件土地がもと控訴人の所有に属していたこと、これについて昭和二七年八月三〇日貞美のため所有権取得登記が経由されたこと、同月三一日貞美が控訴人に対し金五〇万円を支払う旨約したこと、同年九月一日貞美が本件土地を被控訴人山本に売渡したこと、控訴人の昭和二八年六月一二日付催告及び停止条件付契約解除なる意思表示が同月一四日貞美に到達したこと、貞美が控訴人主張の日に死亡し、被控訴人とめ、同武夫の両名が貞美の権利義務を承継したこと、控訴人主張の請求原因(二)の事実中、被控訴人山本が本件土地につき控訴人主張どおりの各登記を経由したことはいずれも認めるが、控訴人のその余の主張はすべて争う。

(二)  本件土地は昭和二七年八月二八日以前に控訴人から貞美に譲渡され、従つて控訴人主張の同月三一日同主張のごとき本件土地の譲渡契約が結ばれたことはなく、同日貞美が控訴人に対し支払いを約した金五〇万円も本件土地譲渡代金というものではない。すなわち貞美は昭和二四、五年頃控訴人の依頼で本件土地の隣地にある控訴人所有の旅館の建築工事を施行したが、控訴人より右工事代金を支払つて貰うことができなかつたので、貞美はその頃控訴人より右工事代金の代物弁済として本件土地の譲渡をうけた。ただその所有権取得登記は種々の事情でおくれていたが、昭和二七年八月三〇日右登記を完了した。しかして貞美は昭和二七年初頃右のようにして取得した本件土地に控訴人主張のアパートを建築し、同年八月下旬本件土地を右アパートとともに他に売却しようとしたが、本件土地は袋地であつて右アパートの利用上その隣地である控訴人所有の前記旅館敷地の一部に通行権を設定して貰うことが必要であつたため、同月三一日貞実は控訴人と交渉し、右旅館敷地に対する通行権を設定して貰い、その代償として貞美から控訴人に対し前記金五〇万円の支払を約したのである。なお右金五〇万円の支払期は貞美において本件土地、アパートを他に売却し、右売却による所有権移転登記を了した時と定められていたが、貞美は右支払期の到来前にその支払を了している。以上いずれにしても控訴人の本件土地譲渡契約の解除を前提とする本件請求は失当である。

(三)  仮りに控訴人主張どおり貞美と控訴人との間に本件土地譲渡契約が結ばれ、右契約が同主張どおりの事由で解除されたとしても、被控訴人山本は右契約解除前に本件土地を貞美から買受け、これにつき控訴人が自陳するとおりの仮登記及び本登記を経由して対抗要件を具備したものであるから、民法第五四五条第一項但書の規定により右解除の効力は被控訴人山本に及ぶものでない。従つて控訴人の被控訴人山本に対する請求は失当である。

四、参加人は適式な呼出を受けながら当審における口頭弁論期日に出頭せず、控訴状又は答弁書その他の準備書面も提出しないが、控訴代理人の陳述した原審口頭弁論の結果によれば、参加人は原審において、原判決事実摘示記載のとおりの申立及び事実上の陳述をなしていたものである、よつてその記載をここに引用する。

五、<証拠省略>したほかは原判決事実摘示と同一であるから、ここにその記載を引用する。

理由

本件土地がもと控訴人の所有に属していたこと、昭和二七年八月三〇日右土地につき控訴人から被控訴人白須とめ、同白須武夫の被相続人亡白須貞美に対し所有権移転登記がなされたこと、それが右貞美に対してであるか又は同人が代表取締役をしていた参加会社に対してであるか及び譲渡の時期と原因如何の点は別として、本件土地が控訴人から右二者のいずれかに譲渡されたことは当事者間に争いがなく、又それが本件土地譲渡の代金としてであるか否かは別として昭和二七年八月三一日貞美が控訴人に対し金五〇万円を支払う旨約したことは控訴人と被控訴人等との間においては争いがなく、参加人においても明らかにこれを争わないところである。

控訴人は、控訴人と貞美との間に同月二八日貞美の金融上の便宜のため一時本件土地の所有名義を移すことの合意がなされこれに基いて前記の所有権移転登記が経由されたが、その後同月三一日控訴人主張どおりの譲渡契約が結ばれたのであつて、前示金五〇万円は右譲渡代金の一部として支払いが約定されたものであると主張し、これに対し被控訴人等は本件土地は同月二八日以前に貞美の控訴人に対する旅館工事代金債権の弁済に代えて控訴人から貞美に譲渡され、同月三一日両名間に控訴人主張のごとき譲渡契約が結ばれたことはなく、右金五〇万円も本件土地譲渡の代金というものではない旨主張するので検討する。

なるほど原審証人鈴木治平、当審証人今村清、原審及び当審における控訴人本人の各供述、右鈴木証人の証言により成立を認めることのできる甲第五号証中には、控訴人の右主張に沿うごとき供述又は供述記載があるけれども、これらは後記反対事実の認定資料と対照してにわかに信用することができない。控訴人提出の昭和二七年八月二八日付契約書(甲第一号証の一)及び同月三一日付誓約書(甲第二号証)からも控訴人主張のごとき事実を窺うことはできず、その他控訴人の右主張を肯認するに足りる的確な資料はない。

却つて前掲当事者間に争いない昭和二七年八月三〇日控訴人から貞美に対し本件土地所有権移転登記がなされた事実、成立に争いない乙第一号証(同月三〇日付承諾書)に本件土地がすでに参加会社の所有に帰している趣旨の記載のあること及び右参加会社と貞美との関係についての原判決の認定事実(この点は原審と判断を同じくするので、原判決書八枚裏八行目から九枚表四行目までを引用する。)に控訴本人の原審供述により各成立を認めうる甲第一号証の一、二、同第七号証の一ないし三同第九号証、本件弁論の全趣旨から各成立を認めることのできる乙第二及び第一一号証、いずれも当事者間に成立に争いのない甲第二号証、同第八及び第一〇号証、乙第一号証(前顕)同第一三号証、丙第四及び第五号証、原審証人行木勇、同白須稔枝、同白須宗幸、同安藤虎走、同栗本金定、同今村清、同稲垣規一、当審証人吉村伊勢登の各証言、控訴本人の原審及び当審における各供述(但し右証言及び供述中後記認定と牴触する部分は除く)に本件口頭弁論の全趣旨を綜合すると、控訴人は昭和二四、五年頃当時参加会社を主宰するなどして建築業を営んでいた前示白須貞美に対し本件土地の隣地にある控訴人の妻所有名義の旅館の建築工事を依頼したこと、右工事は昭和二六年初頃完成し、その頃貞美から控訴人に対し工事代金九六万余円の請求がなされたが、控訴人は昭和二六年中数回に内金三十数万円を支払つただけで残余を支払うことができなかつたこと、一方貞美は右工事残代金の回収を確保するなどの意図から昭和二七年初頃控訴人と交渉し、爾後の法律関係などを明確に定めることなく本件土地に自己所有のアパートを建築することを承諾せしめ同年春頃同地に延八一坪程のアパートを建築して本件土地を占有するにいたつたこと、然るにその頃から前示参加会社の経営不振を来し、そのため同会社の主宰者として早急な金融の必要に迫られた貞美は控訴人に対し右工事残代金の決済などを強く求め、その結果同年八月二八日両者間に前記旅館工事残代金の支払いに代えて本件土地を控訴人から貞美に譲渡する、但し控訴人は二年以内に代金三三〇万円をもつて貞美から本件土地と右アパートを買取ることができるほか、右旅館の所有名義人である控訴人の妻の名義をもつて同月末日までに申込をすれば貞美より右アパートを賃借して右旅館業にこれを使用することができる、もつとも右売買予約期間内であつても貞美は金一〇〇万円の限度において右土地、アパートを担保として金融を受けることができるなどという内容の契約が結ばれたこと、そしてこれに基き同月三〇日本件土地につき前示所有権移転登記が経由されたこと、しかしその後、貞美はさらに控訴人に折衝し、同月三一日控訴人をして右土地アパートに対する前記売買予約及び賃貸借予約に関する権利を放棄し貞美において即時自由にこれらを他に売却しうることの承諾をなさしめると共に、その代償として貞美から控訴人に対し、金五〇万円を支払う旨約したうえ同年九月一日貞美は本件土地、アパートを被控訴人山本ミチ子に売渡したこと、かような事実を認めることができる。右認定によれば本件土地は右八月二八日前記工事残代金の弁済に代えて控訴人から貞美に譲渡されたものであつて、控訴人主張のごとく同月三一日両名間に本件土地譲渡契約が結ばれたことはなく、同日貞美から控訴人に対し約された金五〇万円は右同月二八日付契約に附せられていた控訴人の右土地、アパートに関する売買予約などの権利の放棄の代償にすぎなく、本件土地譲渡の対価などではなかつたものと認めざるをえない。

然らば控訴人と白須貞美との間に本件土地の譲渡契約が結ばれ、右金五〇万円が右譲渡の代金であつたとし、これが不払いにより右契約が解除されたことを前提とする控訴人から被控訴人等に対する本件各請求(当審において追加された請求を含む。)はその余の点について判断するまでもなく失当として棄却すべきである。

次に参加人の関係について考えるに、参加人は本件訴訟目的物が自己の権利に属するとして民事訴訟法第七一条後段の規定により原告(控訴人)と被告等(右被控訴人三名)の双方に対し夫々一定の請求を提示して右訴訟に参加したが、その請求については原告のそれと共にこれを棄却する旨の第一審判決がなされ、これに対し原告のみが控訴し、参加人は何ら控訴の申立をしないものであるところ、かかる場合には、参加人は第一審被告等と同じくたんに原告の右控訴についての被控訴人たる地位に立つにすぎなく、参加人が第一審において申立てていた請求は別段控訴審における審判の対象にはならないと解するので、当審ではその請求の当否につき判断をしない。

よつて前記と結論を同じくする原判決は正当であつて本件控訴は理由がなく、また当審において追加された請求も理由がないから、いずれもこれを棄却することとし、当審における訴訟費用について同法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 板垣市太郎 元岡道雄 渡部保夫)

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